大山悠輔の性格がかっこいい真面目!つくば秀英高校時代と白鵬大学時代はメンタルが育つ!日本代表4番!塚原頌平!中塚駿太

阪神タイガース
この記事は約10分で読めます。

阪神・大山悠輔の性格がかっこいい真面目!つくば秀英高校時代と白鵬大学時代はメンタルが育つ!日本代表4番!塚原頌平!中塚駿太

 

 

阪神・大山悠輔の性格がかっこいい真面目!つくば秀英高校時代と白鵬大学時代はメンタルが育つ!日本代表4番!塚原頌平!中塚駿太

出身地 茨城県下妻市
生年月日 1994年12月19日(23歳)
身長 181 cm
体重 84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手、二塁手、三塁手、外野手
プロ入り 2016年 ドラフト1位
初出場 2017年6月23日

性格はかっこいい!真面目!

大山選手は「かっこいい」と呼ばれることも多くあります。

またファンは大山選手の「真面目さ」に心打たれ、その姿がかっこいいと話します。

一生懸命練習しますし、まっすぐな性格は素晴らしいと思います。

スイングの強さ、飛距離は球界トップクラス、特に今シーズンは例年よりチャンスに強く、チームキャプテンとして全体を引っ張っています。

大山キャプテンの頑張りの結果、阪神は現在首位を走っており、この勢いのまま優勝を期待したいですね。

控えめで目立たないいぶし銀タイプの性格なため、4番打者にフィットするかが不安でもありました。

4番打者は独特の世界観や雰囲気がある人が多く、阪神で言えば掛布さんや金本さんのような人ですね。

この性格的な部分がどう変化するのか、興味があって注目して見ていました。

 

メンタルは強い?優しい

メンタルが強い?

大山選手といえば、かつてドラフト1位指名された時の白鴎大学黒宮監督のコメントがすごく印象に残っています。

阪神は人気球団ですから、ほかより反響が大きいのは当然です。これから、本人が慣れていかなきゃならない部分なんでしょうけど、今はまだ大山本人に免疫がないですから。もう祈るばかりですね。

 

素材としてのメンタルの強さは抜群だが、他人からの評価やバッシングは心配だというような評価でした。

特に阪神タイガースに関しては、ファンやマスコミは非常に声が大きいですからね。

 

大山選手は茨城県出身なので、関西の文化になれるかどうかというのはとても大事な部分だったのではないでしょうか。

優しい

大山選手は真面目で優しいという性格の持ち主であります。

この優しいが故に成長を妨げているとも言われています。

恵まれた能力で周囲の期待も大きい選手であり、今後も主軸で活躍する選手です。ただ大山選手自身も真面目ということもあり、結果が出ないと考え込んでしまう面もあるそうです。

さらに阪神は12球団ナンバーワンの注目度で、結果が出ないと地元民やマスコミ、ファンなど多くの人からバッシングされてしまうこともあります。

そういった言葉に負けないメンタルを持てば、今以上に結果が出ていくことでしょう。

その真面目・かっこいい姿は高校時代と大学時代にありそうですね。

 

つくば秀英高校!塚原頌平

大山 悠輔は、茨城の名門常総学院ではなく、隣町のつくば秀英高等学校への進学後しました。

つくば秀英(茨城)時代は、度重なる監督交代で常にチーム状況が不安定でした。

持てる才能を磨きつつ、不遇を乗り越えた3年間に「彼がそれをプラスに変えた。それだけの強い意志と気持ちを持っていました」。苦難のスラッガーが精神的にもたくましく成長したのです。

茨城県内の強豪校から多くの誘いを受けた中で、当時のつくば秀英・沢辺監督に声をかけられ、同校に入学しました。

1年時から投手兼遊撃手をつとめたが、在学中には春夏とも甲子園球場での全国大会に出場できませんでした。

1年生

 

順風満帆に思われた高校生活だったが、チームは度重なる監督交代で、不遇の時代を歩んだ。

 

技術は1年からすでに一級品でした。

沢辺氏はスナップスローなど送球について「指先の感覚が他に類を見ないくらい抜群だった」と明かしています。

 

打っては「フリーバッティングで、ふざけてんなというくらいに軽く打つんです。

 

だけど打球が『パーン!』と飛んでいくんですよ」。

 

森田氏も「お前、やる気ないのか?」と声をかけるほどだったと笑って振り返る。「本人の中では感覚でタイミング、ポイントを合わせる練習をしていた」と意図を理解して、見守った。

 

バットにボールを乗せる技術、打球にスピンをかける技術はズバ抜けており、3年間で「大山の三振は記憶にない」という。

監督交換で悩み

高1春に2番二塁でレギュラーをつかみ、同秋からは中軸3番を任されました。 上級生の控え選手もいる中、選ばれ試合に出る立場です。

 

ミスをすればその分、怒鳴り飛ばしたと沢辺氏は言う。

大山は決して表情や態度には出さなかったというが、実は悩んでいたと後々、周囲から聞いた。

「下を向いていたけど、歯を食いしばって。弱音は吐かない、言わなかった。『自分がやらなきゃ』みたいな気持ちは持ったんじゃないですかね」。

 

大山が1年夏の時、沢辺氏は監督退任を余儀なくされた

 

その後3年間で3人、4人と監督が入れ替わった。

 

チーム方針や練習方法は定まらず、不安定な状況が長く続いた。辞めていく部員も4人出た。退任以降、外部から見守ることとなった沢辺氏は「チームはぐちゃぐちゃ。黒歴史でした」と振り返る

大山の同部屋だった塚原頌平

 

つくば秀英高等学校2年生時の秋以降、公式戦全6試合で58回2/3を投げて投球回を上回る60三振を奪い、一部では「茨城のドクターK」とも評されました。

3年生時の夏の甲子園・茨城大会では初戦に先発登板し、2回2/3を投げ6失点でチームも敗れてしまいます。

高校生時に直球の最速は146km/hを記録

2010年のNPBドラフト会議で、オリックス・バファローズに4巡目で指名されます。

契約金4,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は59

基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地茨城県結城市
生年月日1992年7月8日(29歳)
身長
体重
184 cm
90 kg
選手情報
投球・打席右投左打
ポジション投手
プロ入り2010年 ドラフト4位
初出場2012年4月24日
最終出場2017年5月17日

 

2学年上にはチームの柱で同じくプロ入りが確実だった塚原頌平(元オリックス)がいました。

寮では2人を意図的に同部屋にしたそうです。

「プロに行く人間が、プロに行くであろう人間にアドバイスをする。帝王学だと思ってね」。

 

大山は塚原から技術を吸収し、時には励まされることもあったといいます。

3年間、コーチとして指導した当時の森田コーチは2人について「オレたちがチームを背負っていくんだと。相乗効果があった」と振り返る。

 

環境作りの計らいも大山の成長を後押しした。

3年生

そんな逆境を乗り越え、「自覚と責任」で成長した大山の3年間を、恩師の沢辺卓己元監督と森田健文前コーチが明かしてくれました。

 

生徒に罪はなく、大人の事情による悪循環。決して万全ではない指導体制に、大山ら生徒を思いやった。

「我慢ですね。高校の時の不遇な経験を我慢したことが大学で爆発し、今につながっている気がします。僕としては不本意だったし、申し訳なかったことしかない。だけど、あの時の我慢や嫌な思いを大学でぶつけられたのかなと思います」。

 

大山の白鴎大学時代は?中塚駿太

大山と中塚駿太

中塚と共に白鷗大学へ進学します。高校・大学を通じてのチームメイトである。

西武ライオンズに入団していました。一軍登板無しに終わり、シーズン中の10月25日に球団から戦力外通告を受けた。

基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地茨城県つくば市
生年月日1994年12月26日(26歳)
身長
体重
191 cm
103 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り2016年 ドラフト2位
初出場2017年9月24日

2016年9月7日にプロ志望届を提出し、同年10月20日に行われたドラフトにて埼玉西武ライオンズから2位指名を受けます。

契約金7,000万円・年俸1,200万円(金額は推定)で契約した

大学一年

関甲新学生野球のリーグ戦には、大学1年時の春から三塁手として出場すると、1年時の春季と2年時の秋季にベストナインへ選ばれました

4年時の春季リーグ戦では、打率.417、リーグ新記録の8本塁打、タイ記録の20打点を達成します。

本塁打王と打点王を獲得するとともに、三塁手として3度目のベストナイン選出を経験しました。

リーグ戦では通算98試合に出場。119安打、16本塁打、93打点を記録しています。

1年時から1番、または3・4番の主力打者として活躍。通算15発の実績を残した。
2年春の作新戦で満塁アーチ、同年秋の決勝リーグで佐野泰雄からソロ弾を記録している。

日本代表4番

大学日本代表入りを果たし、三塁手として日米大学野球Vを経験しています。

まんと4番バッターに抜擢され、全試合に先発したが、左安2本にとどまり、打率.133点0に終わりました。

選考合宿・紅白戦で東大・宮台康平からフェンス直撃の中越え2塁打を記録。
高校日本代表の壮行試合で島孝明の147㌔直球を右中間にはじき返す三塁打を放っている。

。https://www.youtube.com/watch?v=X7TvLtlURO4

3学年下に大下誠一郎がいる。

大学での通算成績

通算74試合、打率.337、93安打、15本塁打、75打点(不明分除く)

 試合 打率  打 安 二 三 本 点 振 球 盗 出塁率 長打率
13春: 14 .339  59 20 6 0 1 10          .492( 7位)
14春: 11 .205  44  9 0 1 2 14 14 4 1  .271  .386
14秋: 6 .500  16  8 3 0 0 6 0 7 4  .652  .688(予選)
14秋: 5 .400  20  8 1 0 2 6 3 1 3  .429  .750(決勝)
15春: 12 .302  43 13 4 1 0 8 2 11 2  .444  .442
15秋: 12 .326  46 15 2 1 2 11 7 9 2  .436  .543( 7位)
16春: 14 .417  48 20 1 0 8 20 1 10 3  .517  .938( 2位)
通算: 74 .337 276 93 17 3 15 75          .583(不明分除く)
※ 13春14秋16春:ベストナイン(三塁) 16春:最多本塁打 16春:最多打点

まとめ

高校時代・大学時代と活躍ができなかった部分もありますが、大器晩成型なのですね。

コメント

error:Content is protected !!