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丸佳浩のドラフトの評価は?高校時代や甲子園の成績!巨人指名予定だった

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ジャイアンツ

丸佳浩の 千葉経済高校時代や甲子園!投手で野球部での活躍はどうだった?

高校時代の活躍はどうだったのでしょうか。

カープの猛練習にもまれた丸は4年目で1軍に定着し、走攻守そろった中堅手として2年連続MVPに輝くまでに飛躍しました。

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丸佳浩のドラフトの評価は?高校時代や甲子園の成績!巨人指名予定だった

幼少期にソフトボールで野球を始めました。

出身地 千葉県勝浦市
生年月日 1989年4月11日(29歳)
身長 177 cm
体重 90 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手(主に中堅手)
プロ入り 2007年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2010年9月12日

ドラフトの評価は?レポート

 

140キロ台半ばの直球を投げていました。

ただ、投手としてドラフトの目玉候補というわけではなかったそうです。

しかし、担当だった苑田聡彦・現スカウト統括部長は自信を持っていた。

2年秋から「いい野手になる」とみていたのだ。

2007年の高校生ドラフト3巡目で指名。理由はこうだった。

「足が速くて肩が強い。でも、やっぱりバッティング。軸がしっかりしていてスイングが速い。一番はタイミングが取れること。あれは天性のもの。一本足打法の王さんや高橋由伸もそうだけど、“間”が取れるから、どこにバットがあってもいい。投手ではなく、打者として勝負させたかった」

現在のバットをヒッチさせる独特の打ち方は応用形だそうです。

丸の活躍を「あれくらい普通よ」と笑う。当時、巨人の長谷川国利・現スカウト部長が熱心に調査していたようだ。丸が巨人へ移籍したのも縁なのかもしれない。

高校時代は?

丸佳浩 (千葉経大付) 2年夏

千葉経済大学附属高校に入学します。千葉では習志野高校や専修大松戸など甲子園に出場する高校が多いのですが、神奈川県の横浜高校、東海大相模や茨城県の常総学院、栃木の作新学院など常連中の常連って少ないような気がします。

甲子園での活躍は?

高校2年生の時に夏の甲子園に出場し、3番・右翼手としてチームのクリーンナップを任されています。

俊足だし二遊間ができないかなと思ったこともありましたが、股関節が硬かったため断念したそうです。

高校時代はピッチャーだった

当時の監督曰く、入学当初から身体能力が非常に高く、ちょっとやそっとのことでは動じない性格と負けん気の強い気持ちで3年生の時にエースとしてマウンドに上がります。

高校時代に投手として最速144km/hをマークしているようです。

投手として挑んだ春の関東大会で優勝すると選抜大会に出場し、2回戦延長戦の末敗れます

ピッチャーは、巨人に入団した藤村大介投手擁する熊本工業に延長戦の末に敗退だったそうです。

藤村って若いのに引退するのが早かったのだなーと思いますね。

ホームランバッターであった

丸は高校時代はそれほどホームランを打っていたかったのかなと思っていましたが、高校通算49本塁打と素晴らしい記録を残していました。

中学生の頃から筋トレに力を入れていて、高校時代にはかなりのパワーヒッターだったようです。

ただ、丸は高校時代を振り返り下記のようなコメントを残しています。

「(高校通算で)49本のホームランを放っているとはいっても、高校時代のことはあまりアテになりません。僕らの世代で光っていたのは中田翔(大阪桐蔭-北海道日本ハム)ですよ」

中田翔ですね。怪物でしたから。

丸佳浩の守備面は?

当時の監督が下記のように語っています。

「足は速く、肩も強かったけど、打球を予測するセンスがないものだからフライが捕れない。彼のエラーで負けそうになった試合がいくつもあります。それくらいヘタクソでした

おっと今では想像できないまるですね。

「不器用だけど、何でも一生懸命コツコツやるタイプ。勉強もできた。私は全員に練習中、メモをとらせて、終わったらノートにまとめるように指導しているのですが、手抜きせず、きちんとやっていました」

メモをとるようになった理由は高校時代の先生のおかげだったのですね。

まとめ

広島へ入団したので丸の高校時代ってわからなかったのですが、野球センスを磨いたのもメモのおかげだったのですね。

 

 

 

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