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クロマティと桑田真澄!エピソード!不動産投資や巨人監督など!

巨人最高の助っ人は誰でしょうか。ラミレスだと思います?

ジャイアンツファンの間ではクロマティブームが起きています。クロマティといえば史上最強助っ人として言われている巨人のレジェンドです。

googleのサジェストにクロマティと検索すると桑田真澄とでてくるので関係性を調べてみました。

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クロマティと桑田真澄のエピソード!不動産投資や冷遇な扱いなど!

出身地 フロリダ州マイアミビーチ
生年月日 1953年9月29日
身長 183 cm
体重  90 kg
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手、一塁手
プロ入り 1973年 ドラフト1巡目
初出場 MLB / 1974年9月6日
NPB / 1984年4月6日
最終出場 MLB / 1991年9月15日
NPB / 1990年10月24日(1990年日本シリーズ)

クロマティの成績は?

7年間稼働の打率321ホームラン171打点558です。巨人歴代最大の助っ人といわれるだけありますね。プロ野球での通算打率「.321」(2961打数)を記録する「ヒット量産型」の選手だったのです!クロマティはホームランもプロ3年目(1986年)に「37本」を記録しているので、長打力も備えている打者でした。

ちなみに、MLB(実働10年)で、1104安打61本塁打391打点、打率 .281です。メジャーで通算1000試合、1000本安打をクリアしています。

バリバリのメジャーリーガですね。

桑田真澄といえば?不動産投資?巨人監督?

桑田氏は高校時代にPL学園で大活躍し、1985年のドラフト会議で巨人の1位指名を受けて入団します。

早稲田大学入学を希望していただけに、桑田氏の巨人入団は大きな波紋を広げました。

クロマティが桑田の入団を王監督にすすめる

桑田氏の指名を当時の王貞治監督(ソフトバンク球団会長)に猛プッシュしたのが、意外にもクロマティ氏だったと自ら告白しています。

「私がジャイアンツでプレーしている時には、クワタさんはPL(学園)でした。キヨハラさんもPLでした。今でも覚えていますが、神宮でオウさんとテレビでPLの試合を見ていました。オウさんは“我々はドラフトを迎えるが、投手か打者、どちらをドラフトするかは分からない”と言っていた。私はクワタさんのピッチングを見ていたんです」

「自分はこう言ったんだ。『オウさん、どうだい。私はこのピッチャーが好きだ。クワタのことが本当に気に入った』とね。『このクワタという選手には見所があるぞ』と。すると、王さんは『本当か! どこが気に入ったんだ?』と聞いてきたんだよ」

「ピッチングスタイルだ。彼のスタイルはトム・シーバーを彷彿させる。クワタさんはトム・シーバースタイルだ。彼の投球の技術。アグレッシブだ。いつも、キャップを飛ばすように投げるようなスタイルだった」

クロマティは桑田が監督になれない理由を説明

桑田氏は頭脳明晰。野球をよく知っており、いい監督になると信じている。

早稲田大学大学院で修士号をとるなど聡明さがきわだつが、巨人のフロント陣には生意気だと思われたようだ。

桑田真澄のエピソード不動産投資

クロマティ氏は下記のように話します。

高校を出たばかりの人間が不動産投資をするという当時の常識では考えられないことをやっていたために、マスコミからバッシングされ、チーム内でも浮いていた。しかし、クロマティとガリクソンは彼のことを高く評価していた。ジャイアンツが優勝して皆でビールかけした時、桑田が一人ぼっちになっているのを目撃して、「俺はコイツが好きなんだ」と桑田に近づいてビールをかけまくった。またガリクソンは自身の息子のミドルネームに「クワタ」と名付けた。

まとめ

桑田真澄とクロマティの関係は興味深いですね。

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