巨人と中日の因縁・ライバルは関係は10.8決戦からか!斉藤・桑田・槇原

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斎藤槇原桑田の3本柱は巨人の投手陣の理想形といってもよいのではないでしょうか。

全員か先発で投げて、完投するスタイルです。

原監督もこの3本柱をみているため、中5日にこだわっているようにおもえるときがあります。

この3人が10.8で一日に投げたのです。長嶋監督は国民的行事とマスコミには伝え、大変話題となりました。

伝説の10.8決戦とは

1994年10月8日に日本の愛知県名古屋市中川区のナゴヤ球場で行われた、日本野球機構セントラル・リーグ(以下「セ・リーグ」と表記)の中日ドラゴンズ(以下「中日」と表記)対読売ジャイアンツ(以下「巨人」と表記)第26回戦を指す通称です。

日本プロ野球史上初めて「リーグ戦(公式戦・レギュラーシーズン)最終戦時の勝率が同率首位で並んだチーム同士の直接対決」という優勝決定戦であり、巨人が勝利しリーグ優勝を果たしました。

巨人のスターティングメンバーは?

松井秀喜落合博満原辰徳の超豪華クリンナップです。

  • 1番 ヘンリー・コトー
  • 2番 川相昌弘
  • 3番 松井秀喜
  • 4番 落合博満
  • 5番 原辰徳
  • 6番 ダン・グラッデン
  • 7番 元木大介
  • 8番 村田真一
  • 9番 槙原寛己

3本柱の斎藤・桑田・槇原は?

当時巨人の「先発三本柱」と称された3人は、10月6日の試合で斎藤が先発で6イニング、槙原が0イニングを投げ、残る桑田は5日の試合に先発登板して8イニングを投げていました。

このうち斎藤、桑田については後述のように8日の時点で疲労が残っており、巨人の投手起用に注目が集まったが、巨人は「先発三本柱」を槙原斎藤桑田の順で継投させる総力戦で臨びました。

斎藤雅樹は当日は投げるつもりはなかった

後年、斎藤は「(前回登板から)中1日だったし、出番は無いと思っていたけど、ブルペンで投げていたらコーチが『おい、斎藤』と。思わず聞こえないフリをした」と述べている。

桑田と同様に斎藤も試合前日に監督の長嶋茂雄に呼び出され、出番について告げられたとする文献もあるが、斎藤は否定している

試合終了後のインタビューで、「やればできる、できるんです。最後の最後でいい仕事ができた」と大声で叫んていました

桑田真澄はやる気が満々だった

「胴上げ投手」となった桑田は、自著「桑田真澄という生き方」で「(槙原が早い段階で降板したため)『これは、早い回に代わるかもしれないぞ』と思ったそうです。

二番手の斎藤さんは、シーズン後半に調子を落としていたから、(中略)しかし、斎藤さんが中日の勢いを止めた。(中略)巧みなピッチングで、6回の1失点に抑えた」と述べていています。

斎藤桑田の記事はこちら

こんにちは、管理人のよしです。世間的には、甲子園での成績や清原とのKKコンビなど知名度が高い桑田氏ですが、同時代の巨人には斎藤雅樹という2年連続で20勝するような大投手がいました。 その後もコンスタントに2ケタ勝利を重ねているので、成績的に

中日の先発は今中だけだった

これに対し中日は今中降板後、山本昌ら投手陣の「切り札」を温存する起用法をとった。

落合は著書『プロフェッショナル』の中でこれを「意気込みの違い」と評しています。

山本昌は「(控え投手には)源治さんも佐藤もいる(注:佐藤は登板した)」「僕も(ブルペンで投球練習もしたし)投げたくなかったわけじゃありません」と述べています。

まとめ

3本柱だけでお酒が飲めます。

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